2024年3月
風が強い日の夜中に大きな音が廃墟からしていたので翌朝確認したら、Mさん所有の廃墟の屋根の一部が崩落していたと近隣住民であるKさんから話を聞いた。
所有者はMさんという人であることは近所の人たちは分かっているが、10数年音信不通で誰もMさんと連絡が取れる人がいなかった。
そこで、市役所の建築指導課に電話をして、番地を伝えて、危険な廃墟を見に来て確認して、所有者を把握しているのであれば、所有者に危険除去の処置をするように連絡してほしいと伝えた。
廃墟のブロック塀に「売物件」の看板があったので、不動産のやまがたにも、強風で屋根が落ちたことを電話で報告し、所有者に伝えるようにお願いした。廃墟の隣の家のKWさんからMさんの電話番号は教えてもらうことが出来たが、何度かけても通じなかった。
2024年4月
法務局へ謄本を取得した結果、土地はAさんのもので、建物は未登記であることが判明した。建物の登記簿謄本の住所からMさんと連絡を取ることが出来ずに困ってしまった。
不動産のやまがたへ行き、Mさん所有の廃墟が危険な状態になって、住民が不安になっているので、Mさんが解体できない事情があるのであれば、周辺住民も協力するので、地主のA Sさんや、不動産のやまがたも協力してもらえないか打診。廃墟所有者のMさんの連絡先を教えてもらえないか何度も頼むが、個人情報を教えることが出来ないと断られた。ただ、営業のAさんから、Mさんは入院中で容体が良くないことは聞き出すことはできた。
市役所の建築指導課へ行き、Iさんに廃墟の解体について質問した。所有者の同意書があれば、解体の補助金の申請が可能であり、6月末締め切りで、危険性の高いものから上位3件、上限60万円の補助金が出る制度があることを教えてもらった。
そこで、不動産のやまがたのAさんに連絡し、解体の助成金申請の書類に廃墟所有者のMさんの署名が必要だから、Mさんの居所を教えてほしいと強く要求した。Aさんの一存では教えることが出来ないので、地主のASさんに話をして、ASさんがOKと言えば、Mさんの居所を教えますとのことであった。後日、Aさんから連絡があり、60万円の助成金は出たとしても残りの解体費用を誰が負担するか不明確な状況では、話を進めることはできないというのが地主のASさんの考えだということだった。
アーケードのAS呉服店のある自社ビルを見つけて訪問。最上階が自宅だったが不在だったので、電話して、これまでの経緯と今後の相談をするが、地主としては建物のことに関しては知らないし法的責任はないので、あくまで廃墟所有者のMさんが対応すべき問題という考えと言われた。
2024年5月
不動産のやまがたのAさんに廃墟所有者のMさんの所在を聞くが、容体が悪化し面会できない状態ということだった。
地代も滞納しているので、地主のASさんもやまがたも困っていたが、Mさんの姉が滞納地代の一部を払って残金の支払い約束もしたので、土地の賃貸借契約もなんとか継続扱いになったとのこと。
市役所、建築指導課のIさん・Mさんが、現地を確認に来てくれた。これまでに建築指導課として連絡の履歴が残っていないか調べるとのことだった。
近隣住民のKさん夫妻から、樋渡酒店から山縣さんの自宅へ向けて下る道沿いに、石垣が崩れそうになっているのをチェーンで巻いている家が、廃墟所有者のMさんの現在の住まいであると聞いて、何度か歩いて探したが分からなかった。
そこで、穂刈が前職でお客様であったYさんの家に、廃墟所有者Mさんのことを尋ねに訪問した。すると、Yさんの家の隣が廃墟所有者Mさんの経営するアパートと貸家であり、その隣がMさんの自宅であることが判明した。Mさんの自宅をようやく見つけたが、玄関の扉には、不動産のやまがたの安藤さんの名刺もあった。
地主のASさんに対して、田中理事長からAさんを通じて、廃墟の解体は周辺住民でやるので、セットで売り出している不動産群のなかからMさんの廃墟の土地は除外して、所有権は放棄してもらえないか打診したが、Aさんを通じて、メールにて回答があった。そこには、Mさんの廃墟を周辺住民だろうとMさん本人だろうと解体するのは構わないが、更地になったら土地は引き渡してもらわないと困る。地主は本来建物に関しては法的に責任がないのだから、解体をしたからといって土地の所有権を取られるのは理解できないという文面であった。
廃墟所有者の自宅。隣は中央病院院長宅であった。
庭木が大木となって根が石垣を壊し始めていた。チェーンで崩落しないようにしているのが危険である。
Mさんが経営するアパート。2軒入居者あり。
2024年6月
A4用紙に廃墟の件について連絡をいただきたい旨を書き、玄関に貼って帰ったところ、電話連絡があった。不在着信の番号は、近隣住民のKYさんから教えてもらった番号と同じだったので、Mさんからの連絡だったが、折り返しても出てくれなかった。
翌日、自宅を訪問したところ、退院したMさんがベッドにいたので、廃墟の扱いに関して話し合いをし、建物の屋根を落として危険除去をすることについて、同意書に署名をもらうことができた。
同意書を得たので、柱を壊して屋根を落とす作業を計画し、道具も揃えたので、市役所の建築指導課へ事前に報告をしに行った。
別件で道路維持管理課のTさんのところに立ち寄ったところ、開口一番、「建物を解くらしいですね?」と言われて、非常に驚いた。解体に関しては、理事会メンバーにしか話をしておらず、住民にさえ話をしていないことであるのに、Tさんが情報を知っていることに、会員内部からの情報漏洩を疑う。
廃墟所有者Mさんの現在の自宅の隣のYさんが、Mさんの庭の木が大きくなりすぎて石垣が崩落しそうになっているのを心配していたので、九州電力のOさんにMさんの自宅を教えて、大木の伐採の承諾書を取ってもらうように依頼した。
2024年7月
強風が吹くと物が飛ぶ危険性があるので、台風シーズン到来前に何らかの方策を取るべきではないかと考え、ネットを屋根にかけることにした。ハシゴをかけて田中理事長が屋根に登り、大きなネットを屋根から掛けた。
2024年8月
唐津のMTさんが物件を商談中であるという情報があったので、登記簿を取得してみたが、変化はなかった。
2024年9月
不動産のやまがたのAさんに電話して商談の進捗状況を確認したところ、売却契約成立しましたという回答であった。だたしMTさんではない人が購入したということで、登記も完了しているので新所有者情報については登記簿謄本を取得して確認してくださいとのことであった。謄本を取得したところ、糸島の前原にある「まことや合同会社」という法人所有に変わっていた。田中理事長と不動産の山縣のAさんを訪ねて打ち合わせを行なった。現在新所有者が廃墟所有者Mさんに対して建物解体して土地を開け渡すように請求している状況である。旧地主のASさんとは賃借料の管理までは頼まれていなかったが、新しい地主とは賃借料の管理まで任されているので、今後も引き続きMさんの廃墟の解体についても窓口になるとのことである。Aさんとしては、白南風バス停下の中央病院院長宅横のMさんの自宅及び貸家、アパートを売却し現金化して、白南風町40番地の廃墟の解体費用を捻出し、残った資金で賃貸物件を紹介するという提案を再三しているのだが、Mさんが了承しないのでこう着状態である。
新所有者には売買契約前から、廃墟について周辺住民や市民団体が協力的に解体へ向けて動いていることは伝えているので、いずれ何らかの形で話し合う機会があるかも知れないということである。
2024年10月
数ヶ月前に廃墟の所有者Mさんの同意をもらっていましたが、諸事情により解体の作業に着手出来ていませんでしたが、今月解体作業をおこないました。Mさんの同意書もあり、不動産のやまがたと市役所建築指導課にも事前に承諾は取ってあります。
作業はメイドインチャイナのチルホールを使って、隣地の塀にチルホールを固定して、廃墟の柱を一本ずつワイヤーで引っ張って崩していく方法でおこないました。こういう重作業はいつものことですが田中さんが一人でされていて、今回も僕は動画や写真を撮ってウロウロするばかりでした。
業者を使わずに解体なんて信じられないような話ですが、作業は2日間で終わりました。これで建材が強風で周囲に飛ぶことはなくなると思われますが、一応ネットをもう一枚購入して上に被せる予定です。
廃墟の壁を建物の内側に上手に倒すことができたので、周囲に迷惑をかけることもなく、大怪我をすることもなくMさん廃墟の解体工事を終えることができました。あとは新所有者が廃材の搬出を早くしてもらえたらと思います。
2025年2月
田中理事長が屋根を落としてネットを被せていたMさん廃墟ですが、廃材の撤去と整地工事がされて、駐車場となりました。業者がユンボを使って工事をすると3日で終わるのを見て、人力で屋根を落としたのは実に大変だったなと思い起こしました。放置空き家が廃墟と化すのが地域にとって一番厄介な問題なので、まずは1軒の廃墟が解体され更地となったことは大きな前進だと思います。










