6メートル道路をつくるための活動

6メートル道路をつくるための活動

 この研究会の活動を白南風の地において行ううえで、誰もが最初に考えることが「車が通れる広い道路をつくる」ことだと思います。車を家の前まで乗り付けることができるようになれば、住む人も増えるし、地価も上がるし、この斜面地が抱える諸問題は全て解決されると思われます。

 道を広くすることについては、白南風出身の会員Tさんが高校生だったころにTさんのご両親が地域の人たちと話し合って実現に向けて動いたそうですが、1軒だけが反対したせいで頓挫したという過去があります。この話からもう50年以上の歳月が経過しますが、今ではそのときの住民も他所へ出て行ってしまって、空き地となって代も変わってしまい、不在地主が道を拡幅することについて議論する土壌すらありません。

 檜槇さんが理事長だった当初の会合でも、活動内容について議論しましたが、道路を広くするには様々な利害関係が錯綜してくるし、また不動産業者が介入してくるとその利益追求の動きのために、研究会の当初の目的から大きく逸脱してしまうから手は出さないという方針になっていました。クルマが入れることを目的とした道路の拡幅や新設に頼るのではなく、新しい地域コミュニティを形成することで、過疎化や高齢化、空き家空き地対策を住民主体で展開しようというスローガンで活動をしてきました。

 しかし実際に活動してみると、高齢化した住民の皆さんが出来ることは限られている上に、日常の買い物や病院や施設の通院・送り迎えなど、車が入れないことによる生活への支障が大きいことが分かりました。町内会に頼らない「新しい地域コミュニティの形成」によっては解決できない現実問題に直面して、田中さんが「軽自動車が通れる道をつくろう!」という活動を始めました。側溝が傷んでいて足元を踏み外して大怪我をしたお年寄りが出たことをきっかけにして、側溝にU字溝を伏せて置く作業をしました。これによりこの地域に軽自動車が出入りすることができるようになりましたが、実際に生活している住民の皆さんが所有車を乗り入れることは少なく、工事業者や解体業者、配達業者の車しか通らないのが現状です。

 白南風の地域の空き地の所有者を少しずつ調べていくうちに、この地域には数人の大地主がいて、それらの地主が広い土地を所有していることが判ってきました。地主さんたちは、①住民に土地だけ貸して住民が家だけ自分で建てて地代を払ったり、②貸家も建てて地代と家賃も徴収するというシステムで土地を運用されてきましたが、車が入らない地域からの人口流出のために、これらの地域の不動産は無用の長物となっています。それでも固定資産税は毎年度賦課されるわけなので、有休不動産の将来性の無さから、次の世代に負担とならないように売却処分する地主さんも出てきています。

 そのようななかで白南風のこの地域に広大な所有地を有する或る地主さんの土地は、バス通りから南北に所有地が連なっており、地主さんがその気になれば大規模な宅地開発も可能であり、6メートル道路を完備したエリアが形成可能ではないかと考えるようになりました。かつてTさんのご両親たちの世代が50年以上前に試みた広い道路の計画を、田中さんなら実現出来るんじゃないかと思いました。

 しかし約1世紀もの間、住民も地主も「広い道路」の必要性を分かっているのに、どうにもできなかった事案ですから、一朝一夕に話が進むはずもありません。

 広い道をつくるための障碍としては、
①自分の所有地の無償供与による地主間の負担の不平等感があります。奥に土地を有する地主たちのために何で自分が土地を道路のために無償供与しなければならないのかという、さながら長崎新幹線に佐賀県が協力しないかのような構図が生まれます。

②圧倒的な無関心。借地や借家で住む住民にとっては道路を拡幅したり新設するために具体的に行動をしたり資金を出したりすることには積極的ではありません。また不在地主も高齢になったり代替わりして、この地域の現状を理解できず道路拡幅や新設で問題が解決できることへの理解がありません。

③不在地主も使いもしない不動産のために毎年固定資産税を払い続けています。いつかは誰かがこの地域の問題を解決して、広い道路が出来て再開発が進めば、所有し続けてきた不動産の価格が上昇して、今までの損失を取り戻すことができるのではないかと淡い期待をお持ちなのかも知れません。

④田中さんと私が6メートル道路を作るために動く姿を見て、この二人は結局地価を上げて一儲けすることが目的なんじゃないかという誤解が生まれます。田中さんは白南風には不動産を所有していないですし、自分は空き家バンクで購入した不動産は転売目的ではないのですが、広い道路を作ろうと言い出した瞬間に、この地域に利害関係を有する人々の欲望やさまざまな思いに巻き込まれてしまって、この地域を純粋に再生したい!問題を解決したい!という我々の想いが急に伝わらなくなってしまいます。ボランティアで市民活動をして、地域の美化活動に汗を流しているときには声をかけてくれた住民も、6メートル道路を作ろうと主張すると、我々のことを不動産業者を見るような目で見て距離を取られてしまいます。檜槇さんが、研究会の活動には車が通れるための道路の新設や拡幅といったテーマは、市民活動の目的と相入れないと言っていた意味がよく分かりました。でもそうは言っても、美辞麗句で住民による住民のための住民の活動をして新しいコミュニティを形成することでは解決できなかった問題が、結局6メートル道路の新設で全て解決してしまうことも確かです。

 耳障りが良くて外形的に見て立派な市民活動として尊敬されることを優先すべきか、それとも約1世紀にわたって誰も成功させることができなかった6メートル道路の新設に向けた動きを敢えてすることで誤解を受けたり非難されることを甘受して真に白南風の地の再生を目指すべきか、いま岐路に立っています。

 6メートル道路の新設に向けた動きをすることについて研究会内部でも反対の意見はあります。前理事長の檜槇さんに6メートル道路の構想を会議で提案したところ、今まで君たち二人がせっかくやってきたことが全部変な色眼鏡で見られることになってしまって、研究会の活動そのものを台無しにしてしまうから止めなさいと強く言われました。

 この地域の諸問題の解決に無関心である、住民、不在地主の皆さんをどうにかしてこの地域に関心を持ってもらって、行動することが自らの利益にもなることを認識していただきたいのです。この地域に希望が持てない住民は去っていくでしょうし、有休不動産に見切りをつけた不在地主はタダみたいな値段で不動産業者に転売してしまうでしょう。でもまだ古くから住んでいる住民がいるうちに、昔からこの地域に広い不動産を所有している大地主がいるうちに、みんなが行動を起こして6メートル道路をつくる動きをやることができたなら、住民も不在地主もWIN-WINの解決方法によって、バス通り沿いの白南風町に負けないくらい魅力のある街づくりができると思います。大地主の息子さんがこのエリアの広大な不動産を積極的に相続したいって思ってくれるようになったり、このエリアに住むお年寄りの実家に子供たちやお孫さんたちが帰ってきて一緒に暮らしたいって思えるような地域に再生したいと思って今まで活動してきました。

 車社会において車なしで高齢者の生活は成立しないという問題に加えて、資本主義社会において斜面地の再生が不動産業者や地主の損得勘定という大きな欲望のうねりに複雑に絡まってしまって、問題の解決が全く進みません。でも古い地主が転売して全く地域に関係のない新しい地主に変わってしまったら、あるいはこの地域の住民が今よりも減ってしまったら、もうこのエリアの再生は全く不可能なものとなって、荒廃の先には山林へ還るしか道がなくなってしまいます。バス通り沿いの白南風町の住民にとっても、このエリアの荒廃が進展すると、白南風町のイメージが傷ついてしまいます。

 田中さんと私はこのエリアには部外者であるので、この難題に取り組むことができるのではないかと思います。あまりにも大きな問題なので、ボランティアの市民活動としては扱いにくい問題ですし、やっている二人の自己犠牲にも限度がありますから、どこまで話を展開することができるのか未知数です。そもそも全く上手くいかないことなのかも知れませんが、誰かがやらなければ、この先また半世紀、1世紀がこの地域の現状のまま続くのだとしたら、せめて問題解決のために一石を投じることができればと思います。

 まずは周囲に誤解がないように丁寧に説明して賛同者を増やしながら、この地域が長年抱える問題の根本的な解決に向けて動いていきたいと考えます。