第9章 平戸藩新窯(1630年〜明治)

第9章 平戸藩新窯(1630年〜明治)

 新窯と称されている窯であるが、何が新なのかが分からない三川内山に存在した窯です。この窯は、肥前地区に最初に作られた本格的な磁器窯で「今村家だけが製作できた聖なる新式の窯であった」と私は考えています。
 現在は宅地が立ち並び、窯の存在はありませんが、大雨による崖崩れが生じて、物原の一部が流れ出ました。この窯は、古い窯の上に新しい窯を作った窯でした。
 平戸中野から三川内山へ移動するために作られましたが、同時に肥前磁器窯の本格的作製のために作られた窯でした。
 当時の時代背景は複雑に錯綜する時代でしたので、幕府、平戸藩、鄭一族、のちには隣藩をも取り込む肥前窯業開発地区となりました。こうして、三川内山は磁器物制作のための「肥前における発信基地」となりました。肥前地区の窯場は、三川内山、有田南川原、波佐見三俣という10キロ圏内において始まることとなりました。