第21章 混合粘土と平戸中野窯
平戸中野に入った中国人陶工たちは、磁器生産技術の確立研究を目的とした研究用の窯を造ったのが始まりです。窯造りには、中国の技術者や技術を習得した者が行ない、磁器材料は中国からの密輸品を使い、だんだんと研究を進めて、韓国の陶石や肥前の陶石を使って、混合研究を深めていきました。混合粘土の考え方は、古くからあったもので、その他の多くの技法を使って研究を深めました。
最終目標は、「景徳鎮を凌駕する磁器を作ること」。それが平戸松浦公との約束でした。
1600年頃には平戸中野窯では磁器が生産されていたと考えます。生産された磁器は、中国産の磁器物として販売していると考えられます。
中国産の陶石は、陶石ブレンドする必要のない魔法の陶石ですが、量産するには輸入の問題がありました。朝鮮産の陶石は有田泉陶石と似て扱いにくく、また陶石ブレンドするにも扱いにくく、これも輸入の問題がありました。
唯一平戸藩内で採れる陶石が網代陶石でした。網代陶石はブレンドすることによって芸術まで高めることができる不思議な陶石でした。この陶石は、1633年頃発見されたと言われていますが、平戸中野窯で使用された痕跡があります。
